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東京地方裁判所 平成3年(ワ)5344号 判決

甲事件原告、乙事件参加被告、丙事件反訴原告 沖谷政海

甲事件被告 生活協同組合イーコープ

乙事件参加原告、丙事件反訴被告 下馬生活協同組合

主文

一  甲事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  乙事件参加原告の請求を棄却する。

三  丙事件反訴原告が丙事件反訴被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

四  丙事件反訴被告は、丙事件反訴原告に対し、平成三年五月八日以降毎月二五日限り金三〇万〇五〇〇円の割合による金員を支払え。

五  丙事件反訴原告のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、甲、乙及び丙事件を通じてこれを二分し、その一を甲事件原告・乙事件参加被告・丙事件反訴原告の負担とし、その余を乙事件参加原告・丙事件反訴被告の負担とする。

七  この判決は、第四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  原告

(一) 原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

(二) 被告は、原告に対し、金六〇万一七四〇円及び平成元年一一月以降毎月末日限り金三〇万〇八七〇円を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 第2項につき仮執行宣言

2  被告

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  乙事件

1  参加原告

(一) 参加原告と参加被告との間に雇用契約関係がないことを確認する。

(二) 訴訟費用は参加被告の負担とする。

2  参加被告

(一) 参加原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は参加原告の負担とする。

三  丙事件(乙事件反訴)

1  反訴原告

(一) 反訴原告が反訴被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

(二) 反訴被告は、反訴原告に対し、金六一一万〇一六六円及び平成三年四月以降毎月二五日限り金三〇万〇五〇〇円を支払え。

(三) 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

(四) 第2項につき仮執行宣言

2  反訴被告

(一) 反訴原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二甲事件について

一  原告の請求原因

1  (一) 被告生活協同組合イーコープ(以下単に「被告生協」という。)及び下馬生活協同組合(乙事件参加原告・丙事件反訴被告、以下単に「参加生協」という。)は、肩書地に事務所を有し、店舗等を使用して生活協同組合事業を営む組合である。

(二) 原告(乙事件参加被告・丙事件反訴原告、以下単に「原告」という。)は、昭和五二年七月、参加生協との間で雇用契約を締結した。

2  参加生協と被告生協は、原告を参加生協から被告生協へ移籍させることについて合意し、右合意に基づいて、参加生協竹井理事は、平成元年七月八日、原告に対し、被告生協への移籍(以下「本件移籍」ということがある。)を提案し、移籍承諾書への署名を求めた。これに対し、原告は、右移籍承諾書に署名をしたが、その原本は移籍が実現した際に提出することとして、その写しを右竹井理事に交付した。

3  その後、原告と被告生協側とで本件移籍に関する協議が行われ、原告は、就業規則六条所定の「職員として採用された者」に要求される採用関係書類を被告生協の求めに応じて提出し、被告生協は、平成元年八月二八日、原告に対し、給与辞令を交付して採用の意思表示をし、もって、右同日、原告と被告生協との間で期限の定めのない雇用契約が成立した。

4  原告の賃金は、右給与辞令により、基本給I―I一五万一三八〇円、同I―II七万五七二〇円、管理職手当三万八四八〇円、住宅手当一万四六九〇円、家族手当二万〇六〇〇円の合計三〇万〇八七〇円とされた。

なお、原告の賃金は、毎月一五日締めの当月末日払いとされている。

5  被告生協は、原告に対し、平成元年九月一日付け「採用取消のご通知」と題する書面により、原告を解雇する旨の意思表示をした。

被告生協は、右書面において、本件解雇理由として、採用後業務に就かないことは、被告生協に勤務する意思がなく、かつ原告の態度が被告生協にふさわしくない旨を主張していた。

6  しかしながら、本件解雇は、以下の理由から無効である。

(一) 解雇理由の不存在

本件解雇理由は、被告生協の就業規則三二条所定の解雇事由のいずれにも該当しない。

また、原告は、平成元年八月二九日から同月三一日まで勤務場所の指示を求めて被告生協本部事務所に出勤したが、被告生協は、原告に対し、何ら業務指示をしなかったのであるから、本件解雇理由は存在しない。

(二) 解雇予告義務違反

本件解雇は、労働基準法二〇条に定められた解雇予告手当を支払わない即時解雇である。

(三) 解雇権の濫用

原告は、平成元年八月二九日以降始業時間までに被告生協本部事務所に出勤していたにもかかわらず、被告生協から具体的な業務指示を受けていなかった。しかも、その間は、被告生協側と移籍後の配属先及び雇用条件をめぐる協議が継続中であった。したがって、本件解雇理由は解雇理由となり得るものではないから、本件解雇は濫用にわたるものであって無効である。

よって、原告は、被告生協に対し、原告が被告生協に対し雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、賃金請求権に基づき金六〇万一七四〇円(平成元年九月分及び一〇月分)及び平成元年一一月以降毎月末日限り金三〇万〇八七〇円の支払を求める。

二  原告の請求原因に対する被告生協の認否

1  原告の請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、参加生協と被告生協間で本件移籍の合意をしたことは否認し、参加生協と原告間でのやりとりの内容については不知。

3  同3の事実は否認する。被告生協は、平成元年八月二八日、原告に対し、移籍後の配属先及び雇用条件を説明したうえで、移籍人事契約書を提示して、これに署名すれば雇用契約が成立する旨を説明して署名を求めたが、原告は、被告生協が提示した配属先及び雇用条件を受け入れず、移籍人事契約書への署名も拒否した。したがって、原告と被告生協との間に雇用契約は成立していない。

4  同4の事実のうち、被告生協が原告に対し原告主張の賃金額を提示したことは認めるが、右賃金額についての合意は成立しなかった。

5  同5の事実のうち、被告生協が同年九月一日付けで採用取消の通知をしたことは認めるが、これは、原告を採用する意思を撤回したものであって、原告を解雇する旨の意思表示をしたものではない。

第三乙事件について

一  参加生協の請求原因

1  甲事件における原告の請求原因(第二・一)1のとおり

2  原告は、平成元年七月八日、本件移籍を承諾したことにより、平成元年八月一日付けで参加生協を退職した。

よって、参加生協は、原告に対し、参加生協と原告との間に雇用関係がないことの確認を求める。

二  参加生協の請求原因に対する原告の認否

1  参加生協の請求原因1(甲事件における原告の請求原因1)の事実は認める。

2  同2は否認する。原告が移籍承諾書に署名して、本件移籍を承諾したことは認めるが、右承諾により、原告が参加生協を退職したことは争う。

三  原告の主張

1  甲事件における原告の請求原因(第二・一)2のとおり

2  原告は、平成元年九月一日付け「採用取消のご通知」と題する書面によって、被告生協から採用を拒否され、被告生協との雇用関係は成立するに至らなかった。

3  移籍の場合、前使用者と移籍先との間に労働者の雇い入れについての合意が成立し、この合意を媒介に前使用者との雇用関係の解消と移籍先との雇用契約の締結がされるのであるから、前使用者との雇用関係の解消と移籍先との雇用関係の成立が牽連関係に立つ。したがって、本件移籍でも、被告生協との雇用関係が成立していない場合には、参加生協との雇用関係はなお存続している。すなわち、

(一) 原告と移籍先である被告生協との間で雇用関係が成立していない場合には、本件移籍自体が成立していないのであるから、参加生協との雇用関係の解消も存在しない。したがって、原告と参加生協との雇用関係は、なお存続している。

(二) 本件移籍が参加生協との関係では被告生協との雇用関係の成立を停止条件とする参加生協との雇用契約の合意解除であると解するときは、原告は、被告生協から採用を拒否され、停止条件の不成就が確定したのであるから、参加生協との雇用関係がなお存続している。

(三) 仮に、参加生協が主張するように、本件移籍が参加生協からの退職と被告生協の新規採用にすぎないとすれば、原告は、被告生協から採用されなかったときには参加生協に対し雇用契約上の権利を主張できるものと信じて移籍を承諾したのに、実際にはそのようなものではなかったのであるから、原告の移籍承諾は、要素の錯誤があるものとして無効である。

四  原告の主張に対する参加生協の認否及び反論

1  参加生協の認否

原告の主張1(甲事件における原告の請求原因2)は認め、同2の事実は不知。同3の主張は争う。

2  参加生協の反論

前使用者との雇用関係の解消と移籍先との雇用関係の成立が牽連関係に立つ移籍とは、前使用者と移籍先との間で、業務上の必要から労働者の雇用関係を移動することを合意して行われるものをいう。本件移籍は、原告の勤務態度が不良で、他の職員との協調性をも欠いたため、参加生協竹井理事が、原告を参加生協に紹介した被告生協下山理事に原告の引取りを依頼し、両理事の個人的関係により実現したものであって、両生協の業務上の必要性に基づくものではない。したがって、原告の参加生協退職と被告人生協採用との間には牽連性がなく、原告は、自らの意思で参加生協の退職を決意し、被告生協への就職を選択したにすぎない。参加生協を退職したからこそ、原告は、移籍承諾書の提出後参加生協に出勤せず、参加生協も、原告の不出勤状態を放置したのである。

第四丙事件について(乙事件反訴)

一  原告の請求原因

1  甲事件における原告の請求原因(第二・一)1のとおり

2  乙事件における原告の主張(第三・三)1ないし3のとおり

3  参加生協は、原告を平成元年八月一日付けで退職扱いにし、原告の就労を拒絶している。

4  参加生協における原告の賃金は、平成元年八月一日当時、月額三〇万〇五〇〇円(基本給二四万五五〇〇円、職務手当四万円、家族手当一万五〇〇〇円)である。)であり、毎月二〇日締めの当月二五日払であった。

よって、原告は、参加生協に対し、原告が参加生協に対し雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、賃金請求権に基づいて金六一一万〇一六六円(平成元年八月一日から同月二〇日までの金一〇万〇一六六円、同年九月分から平成三年四月分までの金六〇一万円)及び平成三年四月以降毎月二五日限り金三〇万〇五〇〇円の支払を求める。

二  原告の請求原因に対する参加生協の認否及び反論

1  参加生協の認否

(一) 原告の請求原因1(甲事件における原告の請求原因1)及び4の事実は認める。

(二) 同2(乙事件における原告の主張1ないし3)は、乙事件における原告の主張に対する参加生協の認否(第三・四・1)のとおり

(三) 同3の事実のうち、参加生協が原告を平成元年八月一日付けで退職扱いにしたことは認め、参加生協が原告の就労を拒絶していることは否認する。

2  参加生協の反論

(一) 原告は、甲事件において被告生協との雇用関係の成立が否定されるときは、参加生協に対し従前の雇用関係が存続するとの主張を前提にして、本件反訴を提起した。したがって、本件反訴は、原告の被告生協に対する甲事件請求との関係で主観的予備的併合の関係を生じるが、本来この種の主観的予備的併合は二次被告の利益を害し、その訴訟上の地位を不安定にし許されないから、原告の参加生協に対する本件反訴は不適法である。

(二) 雇用関係存在確認について

乙事件における原告の主張に対する参加生協の反論(第三・四・2)のとおり

(三) 賃金請求について

原告は、一次的に被告生協に対し、雇用関係存在及び賃金支払を求めているのであり、この間、参加生協の立場からすれば、右訴訟の決着を待つ以外に取り得べき手段はなかった。他方、原告は、参加生協に対し、労務提供の意思を具体的に表明しなかった。したがって、原告の被告生協に対する賃金請求権は発生していない。

第五証拠〈省略〉

理由

第一甲事件について

一  被告生協及び参加生協が、店舗等を使用して生活協同組合事業を営む組合であること、原告が、昭和五二年七月、参加生協との間で雇用契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

二  原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第三、第一四号証、丙第一号証、成立に争いのない丙第六ないし第八号証、甲第九号証、証人加藤茂の証言により原本の存在及び成立が認められる甲第二号証(被告生協との間では争いがない。)、証人加藤茂の証言により成立が認められる甲第九号証(被告生協との間では原本の存在及び成立に争いがない。)、証人加藤茂の証言及び原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第四、第七号証(いずれも被告生協との間では争いがない。)、参加原告代表者本人尋問の結果により成立が認められる丙第二ないし第四号証(いずれも被告生協との間では成立に争いがない。)、証人下山保、同加藤茂の各証言、原告本人尋問及び参加原告代表者本人尋問の各結果、弁論の全趣旨を総合すれば、本件移籍の経緯について、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

1  被告生協及び参加生協は、組合員の生活に必要な物資を購入して、これを加工もしくは加工しないで又は生産して組合員に供給する事業等を営む組合である。なお、被告生協は、その前身が辰巳団地生活協同組合(以下「辰巳生協」という。)であり、昭和六三年四月一日に他の二生協と合併して現在に至っている。被告生協及び参加生協は、同じ生活協同組合事業を営むことから、日頃から友好関係にあり、事業面で被告生協内にある共同生鮮加工センターで魚の解体・包装等の共同作業を行い(なお、参加生協における呼称は、「共同鮮魚センター」)、人事面でも参加生協職員であった坂本暁が昭和六三年八月二二日付けで被告生協に移籍するなどの交流が行われている。

2  原告は、神奈川県内の生活協同組合に勤務し、労働組合書記長の地位にあったが、昭和五〇年春、同組合総代会で暴力事件を起こしたとして、他の執行委員らとともに同生協から解雇され、労使紛争が発生した。原告は、昭和五二年春、和解により同生協を円満退職して、昭和五二年七月、辰巳生協下山理事(理事長、なお本件移籍当時は被告生協専務理事)の紹介により参加生協に就職した。

3  参加生協竹井理事(本件移籍当時は専務理事)は、原告が規律を遵守せず、上司の指導にも従わないために、女性理事の多い参加生協では管理できないとして、かねてから原告を紹介した辰巳生協下山理事に原告の引き取りを求めていたが、昭和六二年夏頃、下山理事に対し、辰巳生協が他の二生協と合併して組織が大きくなった時点で、原告を引き取って欲しい旨の具体的な申入れを行った。昭和六三年四月被告生協が合併した頃、被告生協専務理事に就任した下山理事は、原告を参加生協に紹介した責任上、被告生協の内部体制が整備された時点で原告を被告生協に引き取るとの方針を固めて、竹井理事に対し、その旨の申入れをした。

4  参加生協と被告生協との間で右のような経緯がある一方で、原告は、昭和六三年春、同年九月一日から被告生協への一年間の出向研修を実施する旨の打診を受け、同年五月から暫定的に共同鮮魚センターに配属されていたが、原告の被告生協への出向は、同年九月を経過しても実施されなかった。その後、原告は、被告生協との間で組織的な合意ができたから被告生協側と話しを詰めるようにとの竹井理事の指示を受けて、被告生協加藤理事に会ったところ、同理事から、出向研修でなく被告生協に移籍したいと聞いている旨を言われたため、出向については、それ以上の進展がなかった。

5  参加生協竹井理事は、平成元年七月八日、原告に対し、被告生協への移籍を打診し、移籍承諾書への署名を求めた。この時点では、参加生協竹井理事と被告生協下山理事との間では、移籍の方針のみが合意されていたにとどまり、移籍後の待遇については、今後の原告と被告生協側との交渉に委ねられた。原告は、移籍承諾書に署名をしたが、その原本は本件移籍が実現したときに提出することにして、写しを竹井理事に提出した。

6  参加生協は、被告生協下山理事に対し、同年七月一一日付け文書で原告が被告生協への移籍について承諾したことを通知した。また、参加生協は、同月一四日の理事会において、被告生協における段取りをも考慮して、原告を同年八月一日付けで移籍させることを正式に決定し、原告に対し、同年七月一七日付け通知書により、理事会において移籍が正式に決定され、参加生協退職日を同年八月一日とすること、移籍の実施日までは参加生協の職員として共同鮮魚センターに勤務することを通知した。

7  その後、参加生協は、原告に対し、同年八月三日付け通知書により、同月九日までに退職手続に必要な印鑑の持参と健康保険証の返還を求めたが、原告からは応答がなかった。そこで、参加生協は、原告に対し、同月一〇日付け通告書により、退職に関する一切の事務手続を行うこと、退職金の処理方法について同月一七日までに連絡すること、連絡がない場合には参加生協の方で処理する方針を通告したが、原告からは何らの連絡もなかった。

8  一方、原告は、移籍承諾後、被告生協下山理事と本件移籍に関して協議し、その際、下山理事が、原告に対し、被告生協への移籍の意思を確認したことに対し、原告は、移籍するか否かは条件次第である旨を答えた。また、原告は、同年八月三日には、被告生協日野原理事に対し、同月一日を移籍期日とした原告作成の「移籍に関する協定書」を手渡し、その内容の検討を依頼した。

9  原告は、同年八月二二日、被告生協日野原理事及び加藤理事と面談し、加藤理事から、原告の移籍は中途採用として扱うこと、配属先は共同生鮮加工センターを予定していること、参加生協の賃金を下回らないようにすることなどの説明を受けた。これに対し、原告は、退職金算定の基礎となる勤続年数は、参加生協における勤続年数を通算すること、配属先については下山理事と別の約束をしたことなどを述べるとともに、両理事に対し、具体的な待遇の提示を要求した。これに対し、被告生協日野原理事は、「具体的なことは何も決まっていない。これから決めるのだから。」と答え、同月二八日に再度協議することになった。なお、このときまでに、原告は、被告生協の診療所で健康診断を受け、被告生協に職員名簿(履歴書)を提出する等の手続を済ませている。

10  原告は、同年八月二八日、被告生協から、同月一日付け参加生協退職、同月二八日付け被告生協へ身分変更とする移籍人事契約書及び原告の給与が記載された辞令書の交付を受けた。その際、加藤理事は、原告に対し、配属先は共同生鮮加工センターであること、参加生協の給与を下回らない額として辞令書記載の給与額としたことを説明したうえで、移籍人事契約書への署名を求めた。これに対し、原告は、移籍人事契約書について、移籍期日を八月一日としていなかった点が納得できなかったうえ、被告生協が提示した待遇についても、配属先が共同購入部でないこと、賃金額については年間収入が少なくなること、参加生協における年次有給休暇が引き継がれていないことなどの点で、被告生協下山理事との約束と違うとして、右待遇を受け入れず、移籍人事契約書に署名しなかった。

11  その後、原告は、移籍後の待遇について、被告生協加藤理事らと協議交渉する機会を持たないうちに、被告生協から同年九月一日付けの「採用取消のご通知」と題する書面の送付を受けた。

三  右認定した事実によれば、参加生協と被告生協は、原告を参加生協から被告生協へ移籍させることについて合意し、原告は、参加生協に対し、移籍承諾書に署名をしたことにより、右合意に基づく被告生協への移籍を承諾したことが認められる。

なお、原告が本件移籍を承諾した時点では、参加生協と被告生協間で原告の被告生協への移籍のみが合意され、移籍時期、移籍後の雇用条件について、何も決まっていなかったこと、移籍後の雇用条件は、原告と被告生協間の今後の交渉によることとされていたことなどからすれば、本件移籍をもって、原告の承諾を条件とする参加生協と被告生協間の労働契約上の地位の譲渡と解し、原告の移籍承諾と同時に雇用契約上の地位が被告生協に当然に移転したとみることはできない。

四  そこで、原告と被告生協との間で雇用関係が成立したか否かについて判断する。

前記二で認定した事実によれば、原告及び被告生協は、原告が被告生協に雇用される意思を有し、被告生協が原告を雇用する意思がある点で、相互に一致していたことは明らかであるが、被告生協との雇用関係が成立したというためにはそれだけでは足りず、特段の事情のない限り、就労の場所、就労の態様、賃金等の雇用契約の重要な要素について確定的な合意がされることが不可欠であるというべきである。ところが、前記二で認定した事実によれば、原告は、平成元年八月二八日、被告生協が移籍人事契約書及び給与辞令書でもって正式に提示した配属先、賃金、年次有給休暇等の雇用条件を受け入れず、移籍人事契約書への署名もしなかったところ、移籍後の雇用条件がほとんど何も決定されないうちに、平成元年九月一日、被告生協から採用を拒否されたというのであるから、被告生協との雇用関係が成立したと認めるのは困難というほかなく、実際に被告生協で稼働するなど、右諸要素について確定的な合意がされないままでも、雇用関係が成立したといいうるような特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

なお、原告は、下山理事との間で、移籍後の待遇が合意されていたかのような供述をするが、仮に、原告と下山理事との間で、原告の供述するような内容の約束が取り交わされていたとしても、下山理事との交渉は、被告生協側として平成元年八月二八日に原告の雇用条件を正式に提示する前段階の交渉過程におけるものにすぎないうえ、その中身も更に協議を要する抽象的な内容のものであって、配属先、賃金、年次有給休暇等に関する具体的、確定的な内容の合意ということはできないから、原告のこの点に関する供述は、前記判断を左右するものではない。

五  したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告生協に対する雇用関係存在確認及び賃金請求は、理由がない。

第二乙及び丙事件について

一  乙事件の独立当事者参加申立てについての判断

参加人は原告のみを相手方とする請求を提示して当事者参加の申立をしているが、民事訴訟法七一条の参加による訴訟は、同一の権利関係について原被告及び参加人の三者が互いに相争う紛争を一の訴訟手数によって一挙に矛盾なく解決する訴訟形態であるから、その申立は、常に原被告双方を相手方として双方に対する請求を提示しなければならず、一方のみを相手方とすることは許されないものと解される。しかし、本件独立当事者参加の申立は、独立の訴の提起の要件をも具備しているから、これを新訴の提起と解し、甲事件と併合審理し、本判決において裁判する。

二  丙事件の主観的予備的併合についての判断

参加生協に対する雇用関係存在確認及び賃金請求は、被告生協に対する雇用関係存在確認及び賃金請求と実体上両立し得ず、予備的請求の関係にたつが、その申立て自体は、無条件の主観的単純併合の形態をとっていることが認められる。

参加生協は、参加生協に対する右請求は被告生協に対する右請求と主観的予備的併合の関係を生じるから、不適法であると主張する。しかし、主観的予備的併合とは、右両請求が実体上両立しえない関係に立つのみでなく、その申立て自体も主位的請求が棄却されることを停止条件とする場合をいうのであるから、無条件の主観的単純併合の形態をとる参加生協に対する右請求をもって、これを主観的予備的併合ということはできない(なお、原告は、右両請求の関係について、被告生協に対する請求が一次的請求であり、参加生協に対する請求が二次的請求であるとしているが、これは、裁判所に対し判断の順序を事実上指定したにすぎないものと解される。)。そして、主観的単純併合であるとすると、両請求は、異なる訴訟当事者間の訴訟であり、一方の請求について主張した事実は他方の請求についての訴訟資料にはならないから、両請求の主張が矛盾しても一貫性を欠くことにはならないうえ、主観的予備的併合の場合のような被告の地位の不安定、不利益を招来することもない(本件の場合、丙事件が乙事件の反訴として提起されているから、尚更、参加生協に地位の不安定、不利益はない。)。したがって、参加生協に対する本件訴えを不適法と解する理由はない。

三  原告と参加生協との間の雇用関係について

1  被告生協及び参加生協が、店舗等を使用して生活協同組合事業を営む組合であること、原告が、昭和五二年七月六日、参加生協との間で雇用契約を締結したこと、参加生協と被告生協が本件移籍を合意し、原告が、移籍承諾書に署名をしたことによって、本件移籍を承諾したことは、前記のとおりである。

そして、本件移籍承諾後、原告が被告生協から採用を拒否され、被告生協との雇用関係が成立するに至らなかったことは、前記判断のとおりである。他方、原告は、本件移籍承諾により、参加生協に対し、一応退職の意思表示をしたものとみることができ、参加生協が、理事会において、本件移籍期日を平成元年八月一日と正式決定し、右同日を原告の退職日として扱ったことは、前記第一・二で認定したとおりである。

2  原告は、本件移籍は、参加生協との雇用関係の解消と被告生協の採用との間に牽連性があるから、被告生協によって採用を拒否された場合には、参加生協との雇用関係がなお存続していると主張するのに対し、被告生協は、本件移籍は生協組織間の業務上の必要性によるものではないから、参加生協との雇用関係の解消と被告生協の採用との間に牽連性はなく、原告は、自らの意思で参加生協の退職を決意し、被告生協への就職を選択したにすぎないと主張する。

ところで、移籍の法的性質については、その実態が多様であるため、一義的に論定できるものではなく、具体的事案の事実関係に即して検討する必要があるところ、本件移籍についてみると、前記第一・二で認定した生協間の関係と本件移籍の経緯に照らせば、原告の参加生協での退職と被告生協での採用は、相互に条件づけられる一体的な関係にあるものと解するのが相当である。すなわち、本件移籍の場合、原告が被告生協への移籍を承諾をした時点では、移籍後の雇用条件、移籍期日ひいては参加生協の退職時期について、具体的には何も決定されていなかった段階のことであったこと、移籍後の雇用条件については、原告にとって重大な関心事であり、移籍承諾後の原告と被告生協間の交渉にもっぱら委ねられていたことは、前記第一・二で認定したとおりであり、原告が、被告生協の採否いかんにかかわらず、参加生協を積極的に退職することを希望していたというような事情もないこと、参加生協と被告生協は別法人であるから、原告を採用するか否かは、被告生協が自由に決定できる事項であることなどをも考え併せれば、参加生協を退職することを特に積極的に希望していなかった原告が、本件移籍を承諾した時点において、移籍後の雇用条件に関する多くの交渉事項を残しながら、参加生協から退職することのみを確定的に合意する意思を有していたとみることは困難というほかなく、原告は、被告生協に採用される限りで参加生協を退職する意思を有していたにすぎないものと認められる。他方、参加生協においても、生協間の関係と本件移籍の経緯に加えて、原告の移籍承諾後、参加生協は、平成元年八月一日付けで退職したものとして原告の退職を先行させたが、これも原告との退職時期に関する合意に基づくものではなく、参加生協が一方的に進めたものであり、かえって、参加生協が原告の移籍承諾から期日をおいた平成元年八月一日を退職日としたのは、被告生協における手続等をも考慮して定めたものであり、退職と採用が間断なく行われることが前提とされていたこと、参加生協竹井理事は、本件移籍には退職と採用の両方の意味合いがあった旨の供述をしていることからすれば、参加生協の立場からみても、参加生協の退職は被告生協の採用に伴うものという認識があったものと認められる。そうすると、本件移籍の事実関係の下では、参加生協との雇用関係の解消と被告生協の採用は、相互に条件づけられる関係にあるものと解するのが相当であるから、原告の参加生協に対する退職の意思表示は、本件移籍の実現すなわち被告生協の採用を条件とするものとみるべきであり、原告が被告生協から採用を拒否され、本件移籍が実現しなかったことは、前記のとおりであるから、原告と参加生協との間の雇用関係は依然として存続しているものと解するのが相当である。

これに対し、参加生協は、本件移籍は生協組織間の業務上の必要性によるものではないから、参加生協との雇用関係の解消と被告生協の採用は、相互に条件づけられる関係にはないと主張する。しかしながら、従前の雇用関係の解消と新たな採用との間に条件関係が認められるのは業務上の必要性による場合に限るとする合理的理由はないうえ、これまで検討してきたところから明らかなように、本件移籍の具体的な事実関係の下では、原告の退職の意思表示は被告生協との雇用関係の成立を条件とするものと認めるのが相当であるから、参加生協の右主張を採用することはできない。また、証人加藤茂は、移籍先の被告生協は、原告の採用について、一般の中途採用として扱ってきたと供述するが、仮に、被告生協のみが原告の採用について右のような認識であったとしても、このことが原告と参加生協間の合意解約をめぐる法律関係の判断に決定的な影響を及ぼすということはできないから、証人加藤茂の右供述は、前記判断を左右するものとはいえない。

以上によれば、原告と参加生協間に雇用関係は存続しているから、参加生協の原告に対する雇用関係不存在確認請求(乙事件)は理由がなく、他方、その反訴である原告の参加生協に対する雇用関係存在確認請求(丙事件)は理由がある。

四  原告の参加生協に対する賃金請求について

1  原告と参加生協との間に雇用関係が存続していることは、前記のとおりである。そして、労働者は、現実に就労することによって初めて賃金請求権を取得するが、使用者の責めに帰すべき事由により労働者が就労することができなかった場合には、民法五三六条二項により賃金請求権を有するものと解される。

2  成立に争いのない甲第二三号証、丙第九号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一六ないし第二二号証、証人加藤茂の証言、原告本人尋問及び参加原告代表者本人尋問の各結果を総合すれば、本件採用取消後の経緯について、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない(ただし、(三)は当裁判所に顕著な事実)。

(一) 被告生協の本件採用取消に対し、原告は、被告生協に対し、「『採用取消のご通知』に対する不同意のご通知」と題する書面を送付し、三回にわたり団体交渉の申入れをした。また、原告は、参加生協に対しても、平成元年九月二九日付け及び平成二年二月二日付け団体交渉申入書により団体交渉を申し入れたが、右申入書において、参加生協退職の効力を争う態度を示すことも、参加生協との雇用関係の存続を主張することもなかった。

(二) 参加生協は、本件採用取消後の原告の扱いについて、平成元年八月一日付けで退職したものとして扱い、同年九月一三日、原告に対し、退職金を小切手で送付した。これに対し、原告は、被告生協の職員として移籍したから、退職金等も被告生協に引き継がれている旨の同年一〇月一日付け通知書を送付し、右小切手を法務局に供託した。

(三) 原告は、同年一〇月二五日、被告生協に対し、原告を理由なく解雇したとして雇用関係存在確認及び賃金請求の訴えを提起したが、被告生協は、原告との間で雇用契約は成立していないと主張した。そこで、原告は、本件移籍が成立していない場合には参加生協との雇用関係が存続するから、参加生協も右訴訟に利害関係を持つとして、参加生協に対し、平成二年四月四日付けで訴訟告知をした。この時点まで、原告は、参加生協に対し、参加生協との雇用関係存続を主張して、現実に労務の提供をしたことも、労務提供の意思があることを申し出たこともなかった。

(四) 右訴訟告知に対し、参加生協は、同年五月三〇日、原告を被告として、雇用関係不存在確認を求めて独立当事者参加の申立てをしたが、裁判所は、右独立当事者参加の申立てを新訴として扱うことにして甲事件に併合した。そこで、原告は、平成三年四月三〇日、移籍が成立していない場合には、参加生協との雇用関係はなお存続すると主張して、参加生協を被告として雇用関係存在確認及び賃金請求の反訴を提起した。

3  右事実によれば、参加生協は、本件採用取消後の原告の扱いについて、平成元年八月一日付けで退職したものとして扱ってきたが、原告も、参加生協に対する訴訟告知に至るまでは、もっぱら被告生協との雇用関係の成立のみを主張し、参加生協に対しては、現実に労務の提供をしたことも、労務の提供の意思があることを申し出たこともなく、参加生協退職の効力を争って参加生協との雇用関係の存続を主張する姿勢をまったく示さなかったというのである。してみると、このような状況がそのまま継続する限りでは、原告の労務不提供は参加生協側の事情によるものとはいえないから、原告側から参加生協にあらためて労務の提供をしない限り、原告の参加生協に対する賃金請求権は発生していないというべきである。

そこで、右の見地から、訴訟告知以降の経緯をみてみると、原告の参加生協に対する訴訟告知は、参加生協に訴訟参加の機会を与えるとともに、原告が敗訴した場合に参加生協に参加的効力を及ぼすことを目的とした訴訟上の手続にすぎず、せいぜい原告が敗訴した場合に参加生協に雇用関係の存在を求めて訴えを提起する可能性があることを警告するにとどまるものであるから、これをもって、原告からの労務の提供があったとみるのは困難である。しかしながら、参加生協の原告に対する雇用関係不存在確認の独立当事者参加の申立ては、少なくとも、参加生協が、原告から労務提供があってもその受領を拒絶するとの意思をあらかじめ明確に表明したものとみることができるから、原告の労務提供は、信義則上、現実の提供までを要せず、労務提供の意思があることを申し出ることで足りるものと解されるところ、原告の参加生協に対する雇用関係存在確認及び賃金請求の反訴提起は、原告が、参加生協に対し、雇用関係の存在を積極的に主張することによって、参加生協において労務提供の意思があることを申し出たものとみることができる。そして、本件反訴提起によっても参加生協の従前からの受領拒絶の態度に変わりがなかったことは、当裁判所に顕著な事実であるから、遅くとも本件反訴状が参加生協に送達された時点以降においては、原告の労務不提供は参加生協の受領拒絶に基づくものと認められ、したがって、参加生協は、原告に対し、右時点以降の賃金支払義務を負うものと解するのが相当である。

なお、参加生協は、原告が、本件訴訟において、一次的に被告生協、二次的に参加生協に対し、雇用関係存在確認及び賃金の支払を求めていることから、参加生協において就労する意思がなかったと主張する。しかし、原告による右のような請求の態様は、被告生協及び参加生協に対する各請求が実体法上両立しえない関係にあることから、原告が判断の順序を事実上指定したという訴訟上のものにすぎないのであり、原告の右主張の態様を捉えて、被告生協でのみ就労する意思があり、参加生協において就労する意思がなかったとまでいうことはできず、かえって、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件移籍を必ずしも希望していなかったことが窺われるから、参加生協が就労拒絶の態度を改めて原告の就労を認める姿勢を示したならば、原告は、参加生協において就労する意思を有していたものと推認できる。したがって、参加生協の右主張は採用することができない。

そして、参加生協における原告の賃金額が、平成元年八月一日当時、月額三〇万〇五〇〇円であり、支払日が毎月二〇日締めの当月二五日払であったことは、当事者間に争いがない。

そうすると、参加生協は、原告に対し、本件反訴状が参加生協に送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成三年五月八日以降毎月二五日限り金三〇万〇五〇〇円の割合による賃金の支払義務を負うものと認めるのが相当である。

第三以上によれば、原告の甲事件請求及び参加原告の乙事件請求は、理由がないからこれらをいずれも棄却し、原告の丙事件請求は、雇用関係存在確認及び平成三年五月八日以降毎月二五日限り金三〇万〇五〇〇円の割合による賃金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の丙事件請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

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